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樹木

樹木

戸田 知佐

日本には樹木がたくさんある。特に地方のプロジェクトでは、「木は周りにたくさんあるから新たに植える必要はない」と言われることがよくある。また、新しい開発を行うために、それまでそこに立っていた樹木を切り倒すことが当たり前になっている。その環境自体が魅力だと誰もが認識しているはずのリゾート開発においても、既存樹をほとんど切り倒し、新しい木を植えることが当然のように受け入れられている。これを会社に例えるなら、雇用している社員をほぼ全員解雇して(殺すとまでは言わない)、新しい社員を雇うのと同じことだ。その会社はまったく違う会社になってしまうのに、なぜ、それまでと同じ環境が維持できていると思うのだろうか。

植物は生物だが、感情も痛みも感じないから? しかし、最近の森林研究では「植物が痛みを感じている」というデータが集まりつつある。また、森のなかで樹木同士がさまざまな方法で情報交換をしているという研究もある。サバンナでは、キリンに食べられたアカシアが自らを守る有毒物質を出してキリンを追い払うと同時に、警報ガスを出して仲間に危険を知らせる。警報を受け取った仲間のアカシアは、葉を食べられる前に有毒物質を準備する。そのため、キリンはガスが届かない場所まで移動して食べられる葉を探すという(※1)。また、森林では、根や土壌の菌を介して樹木同士がネットワークを形成し、栄養を補い合っていることが数年前に発表され、大きな話題になった(※2)。

だから、森のなかで開発を行う場合は、生活の利便性や経済性だけで建物のボリュームや位置を決めるのではなく、樹木社会の仕組みを維持し続けながら、人間もその一部として「住まわしてもらう」程度の開発を行うのが理想である。

新しい木を植栽するときに、「圃場(ほじょう)」と呼ばれる木の畑に樹木を探しにいく。九州、北関東、東北などに圃場が集まるエリアがあり、同じ樹種でも育った圃場によって樹形がまったく違う。スラっと背が高い木があれば、幹が太くてゴツゴツした木もある。もともと持っている遺伝子の違いに加え、育成過程や土壌環境の違いによっても、まったく違った姿になるのだ。樹木にも個性があり、社会もある。植栽計画で、樹形のバランスを考え配植を行うことは、ランドスケープアーキテクトにとって当たり前だが、樹木の内在する個性や相性も鑑みて植栽配置ができるなら、新植された木々も幸せなんだろうなと思う。

日本には樹木がたくさんある。それを維持するためには、木々が健やかに生き続けられる環境を守らなければならない。ただ木を植えればよい、というものではない。

※1:ペーター・ヴォールレーベン著、長谷川 圭翻訳『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』(早川書房、2017年)

※2:スザンヌ・シマード著、三木 直子翻訳『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』(ダイヤモンド社、2023年)

2025年10月31日