キーワードエッセイ

水

長谷川 浩己

水は考えるほどに不思議な物質である。ほかの惑星での生物の可能性についても、研究者はまず水が存在するのかどうかを調べるらしい。それほどにわたしたちが知る限りにおいての生命活動に水は欠かせない。同時に、水は固体・液体・気体と融通無碍に形態を変えながら地球という惑星を巡っている。循環する水は雲になり、雨となり、川となり(または氷河となり)、大地から植物を通過し、わたしたちの身体も通過し、海に戻り、また水蒸気となって空に戻っていく。その尽きることのない循環で、水は大地を削って表情を変え、砂漠や草原、熱帯雨林をつくり出しながら、当たり前のようにわたしたちの身体をも通り過ぎていく。

こうして大地から細胞の隅々までわたしたちは水に包まれ、その循環のなかにいる。わたしたちの営みはその循環のなかから紡ぎ出されていて、ランドスケープデザインは、まさにその紡ぎ出されるありようを想像し、先につなげていく試みである。持ち上げられた膨大な水蒸気の分布は気候風土を生み出し、重力により引っ張られる水は川となり、流域という文化・生活圏を生み出す。川は大地の様相を刻々と変え、都市の足元ではわずかな水勾配が人や車の通行を支え、ちょっとした不陸が水溜まりをつくり出す。染み込んだ水は地下水脈となり、または植物に吸い上げられて天に還り、地表を流れる水はもれなく海にたどり着く。 あらゆる水の動きはランドスケープデザインの対象である。水はあらゆる存在を結び合わせる媒体であり、わたしたち自身もその一部にすぎない。水を畏れ敬いながらもその恵みをうまく利用し、それがもたらす生理的な快感も視野に入れながら、これからの時代に水とともに生きていく方向を模索する。その一部であることを自覚しながら、水というとてつもなく大きな存在に向き合うことはなかなかの難問だが、ランドスケープアーキテクトとしてその大きな循環のなかに参加できるということは喜びでもある。

2026年07月10日