キーワードエッセイ

産業構造

産業構造

三谷 徹

産業構造とランドスケープデザインは、実は深く関係している。東京でビルを建てると、その周りに植えられる樹木の多くは、九州からやってくる場合が多い。なぜか。南国の気候下では樹木の成長が早く、運搬費込みでも樹木単価が安い。このため、本来関東圏にはいなかったクマゼミが、いまや東京でたくさん鳴いている。樹木と一緒に幼虫が運ばれてくるからである。東京は、だんだん九州になってきているのである。

これはいわばプチグローバリゼーションだが、いまや産業構造のグローバリゼーションは止まらない。2013年、中国国際園林博覧会で各国からランドスケープアーキテクトが庭園をつくる場があって北京に招待された。わたしの横にアメリカ代表としてやってきたのがピーター・ウォーカー、なんと恩師だった。彼がかかわった《Finite/Infinite Garden》は、高さ3m長さ30mほどの鏡合わせのなかに入ると、鏡像のポプラ並木が左右無限に広がるという作品だった。この非常に完成度の高い鏡の壁を作成するため、鏡面ガラスは北欧で製作し、それをベトナムで組み立て、最終的に北京に持ち込んだという。もう一人、ドイツからやってきたランドスケープアーキテクトの旗手、ピーター・ラッツがその話を聞いて、「なんと非エコロジカルな!」とつぶやいた。

ランドスケープデザインの世界も、もはや地産地消に戻れない。15年ほど前、国際シンポジウムで各国の作家とともにお互いの作品を紹介したことがあった。デッキ素材やステンレスの手すり、舗装材、すべてグローバルな経済と流通産業下にあり、できてくるものがどこかみな似ている。これは問題ではないかという議論になったが、スウェーデンから来ていたランドスケープアーキテクト、トゥールビヨン・アンダソンがこう言った。「大丈夫。だってそこに見えている空は、それぞれの土地のものだから。僕らのデザインは風景だからね」。このくらいのんびり構えないと、産業のグローバリゼーションには太刀打ちできないのだろうか。

2026年07月10日